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「積極一貫:8月」

【積極一貫(せきぎょくいっかん)】

-

どんな場合にも、すなわち、

健康の時でも不健康の時でも、

また幸運の際にも、不運の際にも、

否、どんな苦難不如意の時であっても、

その心は断固として積極(せきぎょく)的に、

厳として把持しなければならない

というのが、

人間に与えられた宇宙真理であると同時に、

また人として厳守すべき自然法則だ。

Photo_2

-

『中村天風』

-

※不如意【ふにょい】 [名・形動] 《 「意の如くならず」の意 》

1.経済的に苦しいこと。また、そのさま。「手元―な生活」
2.思い通りにならないこと。また、そのさま。「―な結果に終わる」

〔類語〕貧乏

※把持【はじ】 [名](スル)

1.しっかりと持つこと。かたく握り持つこと。「権力を―する」
2.心理学で、記憶痕跡が存続していること。
  一度記憶したことが潜在的に残っていること。把持(はじ)。

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kadodesmo (注釈)

2014年8月11日 (月)

「知識・見識:8月11日」

【知識・見識】

-

いつも申しますように、識にもいろいろあって、

単なる大脳皮質の作用に過ぎぬ薄っぺらな識は「知識」と言って、

これは本を読むだけでも、学校へのらりくらり行っておるだけでも、出来る。

しかしこの人生、人間生活とはどういうものであるか、

或はどういう風に生くべきであるか、

というような思慮・分別・判断というようなものは、

単なる知識では出て来ない。そういう識を「見識」という。

しかし如何に見識があっても、実行力、断行力がなければ何にもならない。

その見識を具体化させる識のことを「胆識」と申します。

けれども見識というものは、

本当に学問、先哲・先賢の学問をしないと、出て来ない。

更にそれを実際生活の場に於いて練らなければ、胆識になりません。

今、名士と言われる人達は、みな知識人なのだけれども、

どうも見識を持った人が少ない。まだ見識を持った人は時折あるが、

胆識の士に至ってはまことに寥々(りょうりょう)たるものです。

  ※寥々【りょうりょう】 [ト・タル][形動タリ]
   1.ひっそりとしてもの寂しいさま。また、空虚なさま。
     「―たる荒れ野」
   2.数の非常に少ないさま。
     ・「国中には有志者の員数、日に―として」〈竜渓・経国美談〉
   [類語] 寂しい

これが現代日本の大きな悩みの一つであります。

-

『安岡正篤』

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安岡師は、知識、見識、胆識について、繰り返し説かれております。
学ぶということ、学問というものは、知識を得るためにするのではなく、
得た知識を生活や仕事の中に具体的に活かすためにするものである。
すなわち繰り返し実践し習慣にして、自分のものにする、
血肉化することにより、自分の立って拠る所とする。
揺るぎのない信念、自分以外の人が全員違うと言っても、
自分だけは「そうだ」と言い切れるだけの、確固たる信念にする。
つまり自分という人間を明らかにして、如何に生きてゆくべきか
という方向性や道筋を立てるためにするのであります。
そして、そのような揺るぎのない信念、確固たる信念を持った人を
見識のある人というわけです。その見識のある人物が少ない。
まして胆識のある人などはほとんどいない、と安岡師は嘆いているわけです。
胆識とは見識を持って人を動かす力のことをいいます。
自分の信念によって、人を動かす力、社会を動かす力を持った人を
胆識のある人というのです。このような人は、現代日本にはほとんどいない。
それは、学ぶということが、知識を見識や胆識に高めて、自分を確立し、
世のため人のために活かすという、本来の目的から離れて、
単なる大脳皮質の作用に過ぎぬ薄っぺらな「知識」を得ることに
矮小化されてしまったからであります。(白倉信司:私淑の人)

-

以下、安岡正篤(著)「東洋倫理概論」から、抜粋引用
(本来の「学問」とは何かについて)

-

『学問の根本義』

学問の根本義は純真な自己内心の声に耳を澄ます時、

何人にも最も明瞭である。我々は何がために学を欲してやまぬか。

知識才能を啓発するためであるか、これに対して純真な自我は答える。

否、我々は論理的機械(言葉で思考や理屈を操る機械)でもなければ、

世渡道具でもない。知識や才能は我々の枝葉に過ぎぬと。

これでは功名富貴のためであるか。いかなる愚者も心中に呟(つぶや)く。

どう考えてもそれではないと。

それでは何のために学ぶか。ふたたび純真な自我は答える。

何のためでもない。学ばなければならないから学ぶのだ。

学ばずにはおれないから学ぶのだ。この我れ、造化の明徳が、

いやが上にも光明に、雄偉(ゆうい…雄々しく偉大なさま)に、

  ※光明【こうみょう】
   1.あかるい光。光輝。
   2.あかるい見通し。希望。「前途に―を見いだす」
   3.仏語。仏・菩薩(ぼさつ)の心身から発する光。
     慈悲や智慧(ちえ)を象徴する。

崇高にならなければならないのは絶対的な命だ。

  ※崇高【すうこう】 [名・形動]
   けだかく尊いこと。また、そのさま。「―な精神」

我れはかくの如き命(天命)を本分(性)とするものだ

この本分に率(したが)うのが道、この道を開拓するのが学問の本義だと

-

『性命』

功名富貴や、知識才能等に対して、我々のこういう本質的なるはたらきを

特に徳、あるいは前述の言葉を結んで性命と言い

その徳に道を合わせて道徳と言い

真我が道徳に関してはたらくのを良心あるいは道心と言う

すなわち学問の第一義は言うまでもなく、

道心の長養でなければならぬ。道徳の発揮でなければならぬ

平たく言えば、純真な自己に生きようとするのが学問の第一歩なのである。

孔子が

「古の学ぶ者は己の爲(為)にす。今の学ぶ者は人の爲にす」(論語、憲問)

と警(いまし)め、親鸞上人が

「親鸞は父母の孝養のためとて念佛一遍にてもまを(申し)たること
 いまださふ(候)らはず」(歎異抄)

と説いたのも、思想こそ違え、煎(せん)じつむればここの道理に他ならない。

人間は個の真我に由らずして、小我に執着し、物欲にひかれている以上、

いかに認識論(人の心がいかにしてものを正しく識るかを研究する学問)の

精緻を極めても、いかに科学や宗教の蘊奥(うんのう…奥深い境地)に達しても、

畢竟痴人の夢である

-

『学問の堕落』

しかるに、久しい間とかく本能のままに物欲に支配せられ、

孟子のいわゆる放心(真我、良心の忘却)の生活を深めてきた人間は、

学問についても甚(はなは)だしく本義を誤り、いつの世でも純真な自己を

洗練完成することは棚に上げて、ひたすら地位や黄金を獲得するに

最も有利な手段としてのみ学問する悪習を養成した。

-

『陸象山白鹿洞(はくろうどう)書院講義』

かつて朱晦庵(しゅかいあん)を訪ねて、その白鹿洞書院に遊んだ陸象山は、

謂わるるままに院の学子達に論語の

「君子は義に、喩(さと)り、小人は利に喩る」

の一章を講じて曰った。

人の喩(たとえ)るところはその習うところによる

習うところはその志すところによる

に志すかに志すかによって、ついに君子となり、小人となるのである。

故に学者にとって一番気をつけねばならぬものはである。

世は科挙(官吏登用試験)で士を取ること久しく、

名高い学者も高位高官の人々も皆これから出ているために、

今の士たるものはおのずから受験勉強を免れない。

しかし、試験の得失はその義倆(量)と有司(ゆうし:役人。官吏。)の

好悪いかんとが問題となるので、

試験によって君子と小人とを弁ずるようなことはない

この卑(いや)しむべき功利観念を脱却することができなければ、

たとえいかほど聖賢の書に親しんだところで、志の向かうところは聖賢と反対である

そこで登第(とうだい…科挙の試験に合格すること)すればまた出世利禄ばかり考え、

結局利以外何ものもないと。

その痛切な講話には席に列(つら)なった人々も思わず汗ばみ、

朱子自身もすでに秋冷の候であったにもかかわらず、

思わず扇を動かしたということである。

-

『安岡正篤』

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kadodesmo (注釈)

「円転滑脱:8月11日」

【円転滑脱】

-

円転滑脱

  ※円転滑脱【えんてんかつだつ】  [名・形動]

  1.言動が角立たず自由自在なこと。動きが滑らかなこと。また、そのさま。「―な話術」
    「ろくろ首の踊りはますます―となり」〈谷崎・幇間〉
  2.物事にこだわらないこと。また、そのさま。「―な人柄」

のびのびとした気分で、力をスムースに働かすといった行き方でないと、

多端な人生に活きていく

  ※多端【たたん】 [名・形動]

   1.複雑で多方面にわたっていること。また、そのさま。「多岐―」
   2.事件や仕事が多くて忙しいこと。また、そのさま。多忙。多事。「国事―」
     ・「誠に家事―で」〈福沢・福翁自伝〉

「力」

が、長く保てないことになる。

ましてや、今日のような複雑な感覚のある時代を活きていくのには、

一層に

「いのちの力の使い方」

ということは、最も大切なことである。

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『中村天風』

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kadodesmo (注釈)

「小便が赤くなるまで:8月11日」

【小便が赤くなるまで】

-

「商売は非常にむずかしく厳しい。いわば真剣勝負だ。

 商売のことをあれこれ思いめぐらして眠れない夜を幾晩も明かす。

 それほど心労を重ねなければならない。

 心労のあまりとうとう小便に血が混じって赤くなる。

 そこまで苦しんではじめてどうすべきかという道が開けてくる。

 だから一人前の商人になるまでには二度や三度は

 小便が赤くなる経験をするものだ」 

これは私が小僧時代に店のご主人に聞かされた話ですが、

今にして思えばこれは決して商人だけにあてはまることではないと思います。

何をするにしても、これだけの苦しみを経ずして成功しようとするのは、

やはり虫がよすぎるのではないでしょうか。

-

『松下幸之助』

-----

『成功』の定義にもよる。

たとえ生活の糧としての仕事であろうとも、

自分自身が『苦労』とか『苦しみ』と思ってその思念に囚われ続けること、

赤い小便がでるまで心身を放置することは好ましくないと思う。

行きかた考えかたを見直すべきだと思う。

kadodesmo

2014年5月31日 (土)

「真の教養:5月31日」

【真の教養】

-

およそ真の教養とは、

人類の有する偉大な著作に

親しむことによって得るものです。

そこで昔から優れた定評のある

良い書物を少しずつ読むことであります。

人間としての教養の書、

人としての哲学の書、

修養の書というものを、

注意して毎日たとえ三枚でも五枚でも、

そういう書物を必ず読むようにする。

いわゆる座右の書を持つということであります。

-

『安岡正篤』

「自力で生きているのではない:5月31日」

【自力で生きているのではない】

-

どんなあわて者だって

自分で生きているとは思わないでしょうな。

もし、自分の力で生きているなら、

時が来ても死ぬはずがないじゃないですか。

いつまでも自分の力で生きておられるはずですし、

現在あるがままの自分を保っていかれるはずです。

ところが、

自分の力で生きていない証拠には、

今から後、十年経ってごらんなさい。

現在の自分と同じではないですから。

自力でなく他力で生かされているからこそ、

時の流れとともに変わるんです。

-

『中村天風』

-----

「わたし」=「環境(肉体含)+心」(不可分)=「生命」そのもの

何事も、振返ってみれば、「おかげさま」

kadodesmo

2014年5月28日 (水)

「五美:5月28日」

【五 美】

-

人を恵んで厭味(いやみ)なく、

労して怨(うら)みず

欲して貪(むさぼ)らず、

泰(ゆた)かで驕(おご)らず、

威あって猛(たけ)からず… と。

(論語・堯曰〔ぎょうえつ〕)

人は誠にかくありたいものである。

---

『安岡正篤』

2014年3月 1日 (土)

「初心を原ねる:3月1日」

【初心を原(たず)ねる】

-

何か生涯の大仕事をやり遂げて、

そして人生の行路も終わった、

即ち

「功成り行満つるの士」  はその末路を見る。

これでやれやれなんて思うと、

老けこんでしまったり、

あるいは有頂天になって弛(ゆる)んでしまう。

その反対に、

行き詰ってしまって、勢もすぼまり、意気上がらぬ、

どうにもこうにもぺしゃんこになってしまった人間は、

そこでへこたれず、

元氣であった初心を原(たず)ねるが宜しい。

そうすれば、また新しく出かけることができる。

-

『安岡正篤』

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日本航空学園理事長の梅澤史毅夫(しげお)氏主催
「会財団法人・日本精神修養」発行「サーマル」の創刊特別号より引用。

-

故人曰く

毀誉褒貶

  ※毀誉【きよ】
   けなすこととほめること。悪口と称賛。
   そしるほめる。

  ※褒貶【ほうへん】
   ほめることとけなすこと。事のよしあしを言うこと。
   ほめるけなす。
   「毀誉(きよ)―」   

  ※毀誉褒貶【きよほうへん】
   ほめることと、けなすこと。さまざまな評判。
   「―を顧みない」

毀誉は面上(めんじょう)を吹く春風の如く、
褒貶は鉄牛(てつぎゅう)の角上(かくじょう)をまう蝿(はえ)の如し。
毀誉褒貶は人に有り。
奮闘努力は我に有り。
悟即起(ごそくき)

この言葉は、私の父・故・梅沢鋭蔵(えいぞう)が学園でそして家庭で、
私たちに、よく言っていた。

いまでこそ、日本交通学園は教育が徹底し、文武両道に成果を上げて、
生徒募集は少子化にもかかわらず、定員を大きく超えて集まる。

就職は、不況にもかかわらず、
百パーセントを達成して、世間から評価されている。

しかし、祖父・義三と父・鋭蔵が、
昭和三十五年に戦後航空学校を復活させて、二十年間ほどは苦難の連続であった。

戦後の履き違えた民主主義が横行するなかで、
当学園の教育方針はなかなか理解されなかった。

教職員と生徒のストライキが続発し、その悪いイメージから、
生徒募集もままならず、祖父や父は辛酸をなめた。

父はそのとき、いつもこの言葉を胸に刻んで、その苦難を乗り越えていた。
私も、いつもこの言葉に励まされている。

『梅澤史毅夫』

-----

三密の修行は生ある間、これでよいということはない。
三密とは 「からだ」と「心」、「言葉」。

三密(からだ、心、言葉)を修行すれば、
仏の世界はすみやかに具現化するが、鬼の世界はいつも徘徊している。

人間は生ある間、
外界の無常と向き合う。また、内なる無心の境地も無常である。

kadodesmo

「本能の妄動を制御する:3月1日」

【本能の妄動を制御する】

-

人間の運命というものは、

油断すると、常に

本能と手を組んで歩こうとしているものなんだ。

そして、

消極的な出来事はたえず、

不用意な人々の周囲を徘徊してるんだよ。

だから、

外部運命の力をほどよく制御したいならば、

自己の本能の妄動を正しく制御しなきゃならない。

  ※妄動【もうどう】
   考えもなくむやみに行動すること。
   分別を欠いた行動。ぼうどう。
   「軽挙―」

-

『中村天風』

-----

自己の中に本来ある仏性(真我・良心・霊性心)と
対話することなく、自我を垂れ流す生活をしていると禽獣と同じである。

あらゆることに関してストイックに生きるのはつらい。
大切なことは、自己の中にある仏性のフィルターを通してから言動すること。

kadodesmo

「ほんとうの勇気:3月1日」

【ほんとうの勇気】

-

私は一般的に、

ほんとうの勇気というものは

一つの正義に立脚しないことには、

また良心に顧みてこれが正しい

と思わないことには、湧いてこないと思うのです。

だから、

勇気が足りないということは、

何が正しいかということの認識が

非常にあいまいであるところから

出てきている姿ではないかという感じがします。

人びとがそれぞれに自問自答して

何が正しいかということを考える。

そして、

この正しさは絶対譲れない、

この正しさは通さなければいけない

という確固とした信念を持つならば、

そこから出てくる勇気は、

たとえ気の弱い人であっても非常に力強いものとなる。

そういうような感じを私は持っているのです。

-

『松下幸之助』

-----

一般論化して書かれているが、
わたしは、わたしが主語になっていいと思う。

本当の勇氣とは、
自己の中にある良心(内なる仏)と対話して、その結果得られるもの。

kadodesmo

2014年1月17日 (金)

「自己鍛錬の妙薬-2:1月17日」

【自己鍛錬の妙薬】

-

身体ばかりではない。

生理ばかりではない。

精神、心理という意味に於ける

性理、命理もすべてそうです。

そんなことから、

病弱とか、

愚鈍であるとか、

貧乏であるとか、

多忙であるとかいうことは、

逆に自分自身を鍛錬する非常な妙薬、

否、妙薬以上のものであります。

-

『安岡正篤』

-----

あらゆる苦難に耐える力。これが自然の体力、生命力です。

安岡先生が哲人宰相と絶賛した曾國藩(そこくはん)は、

「冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、閑に耐え」

とあらゆることに耐え、

「激さず、躁(さわ)がず、競わず、随わず」と「為さざる」

に徹することができてこそ、

「以て大事を成すべし」

と自戒しております。

『白倉信司』

-

以下、安岡正篤(著)「先哲講座」(致知出版社)より引用。

-

苦労しなければ人間は成長しない

苦悩は肉体的にも精神的にも人間が成長してゆく為に欠くことのできない条件である。
過失や失敗の為にとりみださないように心がけよ。

自分の過失を知ることほど教訓的なことはない。
それは自己教育の最も重要な方法の一つである。(カーライル 1795~1881)

古人に、

「成功は常に辛苦の日にあり。敗事は多く得意の時に因(よ)る」

という有名な格言があります。

ちょっと成功したからといって、軽々しく得意になるような人間は、
たいてい軽薄で、経験に乏しく、深く反省することをしないものです。

カーライルの言葉のとおり、
人間は苦悩によって練られてゆくのでありまして、

肉体的にも精神的にも、
人間が成長してゆくために苦悩は欠くことのできない条件であります。

そこで苦悩に敗れたらおしまいですから、
過失や失敗のために取り乱さないように心がける必要がある。

自分の過失を知るということは、
自己教育の最も重要な方法の一つであるとともに、

人を教育する者の常に注意すべきことであります。

この頃は麦畑がなくなりましたが、
昔は早春になると農民は朝早くから麦畑に出て麦踏みをやっておりました。

麦は踏んで根固めをしないと、徒長して、よい麦ができません。
植林でもそうです。よい土地にたくさん肥料を施して苗木を下すと、

木は徒長して、脆弱で、役にたたぬものになる。
そこで荒れ地に苗を密植して、木をいじめ、

ある程度成長した時期をみはからってこれを分植する。
そして少しずつ自然肥料を与えて、化学肥料はなるだけ避ける。

そうすると材質のよい木が得られます。

人間も同様でありまして、なるべく少年時代に鍛えておかないと、
徒長して、だめな人間になってしまいます。

近頃甘い母親が育てた過保護の学生が問題になっておりますけれども、
昔は中学(現在の高校)の入学試験に親がついて行くなどということはなかった。

第一、子供が恥ずかしがって親と一緒に行きませんでした。
ところが昨今は大学まで母親や父親が心配そうについて行く。

ひどいのになると、入社試験に親がついて行く。
こういうことは世界の文明国で日本ぐらいのものでしょう。

いかに日本人が甘ったれておるか、
過保護になっておるか、ということが世界的な話題になっておりますが、

こんなことでしっかりした日本人ができるわけがありません。
もっと鍛えなければいけません。

そういう意味で現在の教育をみておりますと、非常に用意が足りません。
剣道を例にとっても、昔はまず礼儀作法を教え、それから足さばき、構え、

打ち込み等を稽古させて、なかなか試合をさせませんでした。
これは柔道も同様であって、まずお辞儀のしかたから、身体の訓練をやって、

試合等はよほどあとにならないとさせませんでした。
つまり予備教育・準備教育に十分時間をかけたのであります。

学問についてみましても、この予備教育を十分にやり、
特に大切な徳性と良い習慣を養うようにしなければなりません。

『安岡正篤』

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「苦悩に敗れたらおしまいですから、
 過失や失敗のために取り乱さないように心がける必要がある。」

ここがとても重要であると感じた。
わたしは、苦悩に敗れない、過失や失敗のために取り乱さないための

芯になるものを、また自然治癒的に芯に立ち返る手段を工夫してつくる。
読書尚友、片言節句を学び、座禅も始めてみた。是、自らを育てること。

また、教育者として大切なことは、
子供に、苦悩に敗れない徳性と良い習慣を養うよう導くことだと感じた。

kadodesmo

「毎朝、心から感謝する:1月17日」

【毎朝、心から感謝する】

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まず第一に、毎朝目覚めたら

「今日もまた活きていたことを心から感謝する」

ということを、

今日一日の生命への出発の第一歩とすること。

大抵の人間は、

毎朝目覚めることを、

何か当然のことであるかのように考えている。

ところがいつ何時どんなことで、

自己の命が失われるかも知れない。

また実際において、

いつかは絶対に目覚めぬ永久の眠りに

はいってしまう時がくる……という一大事を考えると、

毎朝目覚めた時、

自分の活きていることを直感して刹那、

限りない感謝を感じないではいられないと思う。

-

『中村天風』

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今日を活ききる。

天風哲学の真髄のひとつ。

朝、目覚めたら、まず第一に、

「今日もまた活かされていたことに心から感謝する」

今日もまた、人生を楽しませてもらえる・・・。感謝。。。

kadodesmo

「決意を持ち続ける:1月17日」

【決意を持ち続ける】

-

指導者にとって大事なことの一つは、

志を持つということである。

何らかの志、決意というもの

があってはじめて、事は成るのである。

だから

志を立て決意をするということが

必要なわけだが、それは一度志を立て、

決心すればそれでいいというものではない。

むしろ大事なのは、

そうした志なり決意を持ち続けることであろう。

そのためには、やはり、

たえずみずからを刺激し、

思いを新たにするようにしなくてはならない。

一度志を立て、決意することによって、

非常に偉大なことを成し遂げられるのも

人間であるが、その

志、決心をなかなか貫き通せない弱さを

あわせて持つのもこれまた人間である。

-

『松下幸之助』

-----

志をたて、決心し、日に三省し、維新する。

物事を「人間の都合」ではなく、できるだけ「自然の理法」で観るようにしていきたい。

kadodesmo

2014年1月16日 (木)

「自己鍛錬の妙薬-1:1月16日」

【自己鍛錬の妙薬-1】

-

人間はどんなことが起こっても、

自由自在に対応出来る適応力を

不断に養わなければいけない。

それには絶えず自力を養成しなければならぬ。

薬の力とか、医者の力とか、

他物に依存して居っては段々に自力が弱くなります。

自然の体力、生命力が弱くなってしまいます。

どんな代用品も自然の生命力に勝るものはありません。

-

『安岡正篤』

-----

今の文明社会ほど人間の生命力を阻害しているものはないでしょう。
しかし、誰もそのことにまったく気付いていない。

快適便利な暮らしを当たり前のように、
当然の権利のように考えている。

自然の体力、生命力は日に日に弱っているのに、
そのことに一向に無頓着である。

よく考えてみればすぐにわかることですが、
今の文明は、足を使わない、手を使わない、頭を使わないのであります。

何かというとすぐ車に乗る。歩くということをしない。
手作業を省いて機械化、省力化をする。

今、鉛筆をナイフで削れる子供はほとんどいない。
非道くなると箸すら使えない子供がいる。

包丁が使えない女性もいるが、
一向に気にせずに「わたしは料理はしないの」などと嘯いている。

何でも楽をしようとする。また、情報化社会といえば聞こえはいいが、
ありとあらゆる情報が、ありとあらゆる方法で入ってくるインスタント社会だから、

誰でも容易に情報を入手できる。
それを上手く活用するのであればそれはそれでよいが、

ほとんどの人が新聞、テレビ、インターネット等で一方的に入ってくる情報を、
何も考えずにそのまま受け取ってしまう。だから頭を使わない、考えない。

調べものをしてもインターネットで検索すれば容易にわかるから、
自分で苦労して調べようとしない。兎に角、頭を使わない、考えない。

だから現代文明に当たり前のように浸っていると、必ず馬鹿になる。体力も低下する。
当然生命力は衰退するのでありますが、そういうことに一向に気がつかない。

どうにも救いようのない痴呆社会である。それも一億総痴呆社会だから、
誰も自分が痴呆だとは思っていない、馬鹿だとは思っていないのです。

『白倉信司』

-----

「薬の力」・・・借りてる。
「医者の力」・・・借りてる。
「他物に依存」・・・少なくなってきた。
「自然の生命力」・・・自らのそれが弱くなってきていることに気付いている。
「鉛筆」・・・何とか自分で削れる。
「箸」・・・不便はないが、我流(えんぴつ持ち)なので子供に教えられない。
「文明の利器」・・・新聞・TV、殆ど観ない。インターネット、活用している。頭は使う。
「歩く習慣」・・・最近さぼりぎみ。
「省く」・・・自らを省み省くことは必要と思う。
「一億総痴呆社会」・・・自らの中の天地自然の働きを見失わないようにしたい。

kadodesmo

「人生の主人公:1月16日」

【人生の主人公】

-

二度と生まれ変わることのできない

人生に生きているこの刹那刹那は、

自分というものがいつも、

人生の主人公でなければならない。

-

『中村天風』

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天風師は、

「人生の主人公」 といっているのであって、

「社会の主人公」 とはいっていない。 間違わないようにしたい。

「主人公」 とは、恐らくは、

「主人:家の長。一家のぬし。また、店のぬし。あるじ。」 の敬称

意味しているのであって、

「事件や小説・劇などの中心人物。ヒーローまたはヒロイン。」

を意味しているのではないと理解する。

「せっかく与えられた刹那の人生、自らが自らの主となり、自己を統御して楽しく生きよ!」

ということだと思う。

kadodesmo

「武士道と信頼感:1月16日」

【武士道と信頼感】

-

昔、武士は庶民の上に置かれ、尊敬されていた。

これは一つには、

武士が武力を持っていたからとも考えられるが、

それだけではない。

やはり武士は道義に厚く、

武士としての精神を忘れず、

いわゆる武士道に徹することにより、

庶民の信頼と尊敬をかち得ていたものと思う。

これは会社の中でも言える。

経営者には経営者道、

従業員にはいわば従業員道

ともいうべきものがあると思う。

それぞれ当然やるべきことがある。

これをお互いに責任を持って

貫いてゆくというところに、

信頼関係の基礎があり、

その信頼関係を高めてゆく

推進力があるのではないだろうか。

まずお互いの立場で、それぞれの道に徹したい。

-

『松下幸之助』

-----

まず徹してみる。そのプロセスの中で関係の見極めができてくるように思う。

kadodesmo

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